原生林紀行・黄泉の郷熊野へ

日本各地に残されている貴重な森を訪ねて写真を撮ってきました。異界の国、黄泉の郷を訪ねて熊野を歩いてきました。
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  私が今までに発表してきた写真集です    ★「追いつめられたブナ原生林の輝き」          モノクロ B4判 ブレーンセンター社 刊4800円(税込み)                          ★「 岸和田のだんじりまつり]          モノクロ A4判 日本機関誌出版センター刊2000円(税込み)                     ★「母の森」和泉葛城山のブナ林                     モノクロ A4判 日本機関誌出版センター刊2000円(税込み)                     ★「一本だたらの森」大台ヶ原                     モノクロ B4判 日本機関誌出版センター刊3000円(税込み)                     ※購入希望の方はご連絡ください 送料は当方で負担します   
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広川寺の桜

 西行法師終えんの地として知られる弘川寺は、天武朝期に勅願寺となり行基や空海もここで修行したと伝えられています。桜をひたすら愛した西行だけに境内やその裏山は見事な桜の森になっています。毎年私もこの寺を訪れるのですが、今年は昨年の台風の影響もあって古木に影響が出ていたのが痛々しい。

 

 

 

広川寺の桜

 

 

 

 

 

 

 

 

西行法師終えんの地として知られる弘川寺は、役行者の開基でその自作といわれる薬師如来像を本尊として、天武朝期に勅願寺となり行基や空海もここで修行したと伝えられています。

 

 

 

 

 

 

 

 

西行法師終えんの地として知られる弘川寺は、役行者の開基でその自作といわれる薬師如来像を本尊として、天武朝期に勅願寺となり行基や空海もここで修行したと伝えられています。

 

 

 

 

 

 

 

 

西行法師終えんの地として知られる弘川寺は、役行者の開基でその自作といわれる薬師如来像を本尊として、天武朝期に勅願寺となり行基や空海もここで修行したと伝えられています。

 

 

 

 

 

 

 

 

西行法師終えんの地として知られる弘川寺は、役行者の開基でその自作といわれる薬師如来像を本尊として、天武朝期に勅願寺となり行基や空海もここで修行したと伝えられています。

 

 

 

 

 

 

 

 

西行法師終えんの地として知られる弘川寺は、役行者の開基でその自作といわれる薬師如来像を本尊として、天武朝期に勅願寺となり行基や空海もここで修行したと伝えられています。

 

 

 

 

 

 

 

 

西行法師終えんの地として知られる弘川寺は、役行者の開基でその自作といわれる薬師如来像を本尊として、天武朝期に勅願寺となり行基や空海もここで修行したと伝えられています。

 

 

 

 

 

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