原生林紀行・黄泉の郷熊野へ

日本各地に残されている貴重な森を訪ねて写真を撮ってきました。異界の国、黄泉の郷を訪ねて熊野を歩いてきました。
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作品集の紹介
  私が今までに発表してきた写真集です    ★「追いつめられたブナ原生林の輝き」          モノクロ B4判 ブレーンセンター社 刊4800円(税込み)                          ★「 岸和田のだんじりまつり]          モノクロ A4判 日本機関誌出版センター刊2000円(税込み)                     ★「母の森」和泉葛城山のブナ林                     モノクロ A4判 日本機関誌出版センター刊2000円(税込み)                     ★「一本だたらの森」大台ヶ原                     モノクロ B4判 日本機関誌出版センター刊3000円(税込み)                     ※購入希望の方はご連絡ください 送料は当方で負担します   
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加太の散策ヽ垢鯤發

JUGEMテーマ:写真

 

 和歌山と大阪の境に位置する加太の街です。大阪側にとっては自然の海岸線が残っているのはこの辺りだけになってしまいました。海岸線の自然と照葉樹林が調和してかっての面影をわづかながらに残されています。加太は小さな街で、紀淡海峡に依拠した漁業と温泉などの観光で人々は暮らしています。しかし、歴史的に見ればここは特異な位置を占めてきました.瀬戸内海の入り口として淡路島・四国・九州への交通の要所でした。加太の沖合の紀淡海峡のほぼ真ん中には友ヶ島がありますが、この友ヶ島は加太よりの地の島、沖合の沖の島からなり立っています。この沖の島は平安期から役行者などの修験道の行場として有名で、今日でもその行場は残されています。この友ヶ島と加太は、その後の歴史によって翻弄されていきます。幕末の黒船対策で勝海舟がこの地を訪れ紀淡海峡の軍事的封鎖を検討します。さらに明治以降は堺・大阪・神戸・瀬戸内海を守るために淡路島側の由良地域と連動して紀淡海峡を軍事的に完璧に守るための要塞が数多くつくられました。こうした特異な歴史を経験してきた加太を散策したいと思います。

 加太は古い歴史を生き抜いてきました。また交通の要所でもあったことが多くの寺や神社が存在して証明しています。初回は常光寺とその境内にある樹齢500年とされるシンパクの木、観音堂・役行者堂とウバメガシの巨木、人形のお祓いで有名な淡島神社などを歩いてみました。

 

 

 

加太  

 

 

 

 

加太

 

 

 

 

 

 

 

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加太

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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